【成増のキーパーソン】区議会議員選挙にトップ当選された成増在住の「岩永きりんさん」に色々とお話を伺わせて頂きました(臨月前にすみません💦)。

今回は令和4年4月に実施された板橋区議会議員選挙においてトップ当選された岩永きりんさん(成増在住)に、これまでの半生を振り返りながら、好きな食べ物とかプライベートもまじえて、色々とお話を伺わせて頂きました。

学生時代(早稲田大学政治経済学部)

●きりんさんのご出身はどこなのですか?

滋賀県の出身です。運動神経は良くありませんがスポーツが好きだったので、中学校時代はバレー、高校時代はテニスをしていました。大学進学をするタイミングで東京都に住み始めました。

ちなみに、大学時代はバンドでドラムを担当していました。

●大学は早稲田大学とのことですが、どのような勉強をされていたのですか。

早稲田大学の政治経済学部に進学したのですが、国際政治に興味がありました。平和構築や安全保障、貧困問題等に自分なりに問題意識を持って何か出来ないかと思っていました。

その際に、カンボジアやラオスで教育施設の建設を含めた支援を行う、学生を主体としたNGO(風の会)に出会い、そこに所属して活動を行うようになりました。

特定非営利活動法人国際協力NGO風の会 (afw-kazenokai.com)

ちなみに、こちらの団体の設立者が都議会議員を務める宮瀬英治さんで、私が立憲民主党から区議会議員として出馬するきっかけを作って下さった方になります。

宮瀬英治 – 立憲民主党 (cdp-japan.jp)

●そうなのですか。宮瀬英治さんとの繋がりは学生時代からなので、もう10年近くになるのですね。

そうなんです。

大学を離れた後に海外で働いていたのですが、コロナ禍で帰国したタイミングで宮瀬さんの秘書として働かないかと声掛けして下さって、それが政治の世界に足を踏み入れるきっかけとなりました。

早稲田大学退学とADHD

●すごいつながりですね。人生何がおきるか分からないので、一つ一つの出会いを大切にしないとですね。

大学を離れた後に海外で働いていたということですが、もし差し支えなければ大学を離れた経緯ついてもお伺いしてもよろしいでしょうか。

はい。

大学を離れた経緯については、学生時代に必修の単位がどうしても取れなかったことがあります。早起きが苦手で、朝の授業に出席できずに必修の単位を落としてしまいました。

※後の話に繋がるのですが、ADHDが早起きが苦手な原因のようで、現在は薬を服用しながら早起きも克服されているそうです。

●英語の必修が一時間目にあったりするとなかなか足が重かったりしますよね。大学を離れた後はどうされていたのですか。

油そば武蔵野アブラ学会 (aburagaku.com)

大学を離れた後は、当時のバイト先であった油そば屋さんに就職させてもらいました。私自身が油そばが大好きだったこともあり、お店の運営や新規店舗の出店など、楽しく働かせて頂きました。

加えて、代表の方と仲良くさせて頂いていたのですが、代表の方と生活の困りごとの共通点が多く、不思議な縁を感じていました。

そんな時に、ADHDのことを知りました。

ADHDは注意欠如多動症(Attention deficit hyperactivity disorder)とも呼ばれ、年齢あるいは発達に比べて注意力が足りない、衝動的で落ち着きがないといった特性があるために日常生活に支障きたすことがあります。

細かくADHDのことを調べていくと、自分のこれまでの経験とも合致することが多く、もしかしたら私もADHDかもしれないと感じ、心療内科を受診し、ADHDと診断されました(診断まで3年近くかかりました)。

●ADHDの診断を受けてどのように感じましたか。

これまでの自分が感じていた他の人との違いについてADHDが原因であることが分かったので少しほっとした気持ちになりました。

また、コンサータという薬を服用しているのですが、薬のお陰もあり、早起きが苦でなくなったり、片付けもできるようになりました。

●そうなのですね。ADHDは最近では一般的に認知されていますが、以前は状況も違っており、色々とご苦労された方も多かったのですね。貴重なお話を伺わせて頂きありがとうございました。

ちなみに、きりんさんは油そばを含む麺類がお好きとのことですが、成増でしたらどこのラーメン屋がすきですか。

どこもおいしいので困ってしまいますが、油そばが好きなので濱虎屋さんに良く行きます。いまは夏限定の塩レモン味がおすすめです。

●ありがとうございます。インタビューが終わったら濱虎屋さんに行ってみようと思います。
↓実際に行って際の記事です。

アフリカとの出会い

●きりんさんのご経歴についてお伺いさせて下さい。アフリカやネパールでのご職歴があるとのことなのですが、学生時代のカンボジアでのNGOとしての活動から、どのように海外でのご活動が広がりを見せていくのでしょうか。

カンボジアでNGOの一因としての活動をする中で、アフリカに行って見たいという気持ちになりました。

ただ、当時アフリカとの交換留学制度がなかったため、アフリカに行くためには休学をする必要がありました。スワヒリ語を学んでみたかったこともあり、語学留学という形で一年間の休学申請を出し、タンザニアに渡航しました。

半年間の語学留学の期間でスワヒリ語の日常会話を身に着け、その後はバックパッカーとしてアフリカ大陸の25ヵ国ほどの国々を回りました。

●すごいですね。アフリカでバックパッカーですか。私も学生時代にバックパッカーを少しだけしたことがありますが、直ぐにお腹が痛くなって日本に帰りたくなってしまったのですが、体調は崩されませんでしたか?

大丈夫でした。お腹が強いみたいです(笑)

●アフリカでの諸国漫遊を経て、ご就職をされるのですか。

15 Interesting Facts About Lagos State (buzznigeria.com)

そうです。ナイジェリアで教育に関する事業に従事することになりました。

政治への想い~ナイジェリアと政治家一家~

●アフリカでのご経験で一番印象的だったことがあれば教えて頂けませんでしょうか。

ナイジェリアの方々のバイタリティのある感じが刺激的でした。

ナイジェリア含め、アフリカの国々では農村部は牧歌的な雰囲気の所が多いのですが、経済が伸びている国も多く、大都市も沢山あります。特にナイジェリア・ラゴスはアフリカのIT拠点となっており、勢いのあるスタートアップが集まっています。

こうしたアフリカの大都会に身を置く中で、若い人を含めて政治に対して問題意識を持って、世の中を自分の手で変えていこうとする方々が多いのが印象的でした。

●日本にいると、政治に関心のある若者に出会うことは少ないですし、逆に、政治に関心があると変な思想なのではないかと穿った見方をされることもありますよね。ナイジェリアの方々は何故そんなに政治に関心があると思われるのでしょうか。

ナイジェリアは腐敗、汚職、不正が多く、政治に対して怒りを感じている人が多いです。

また、政権が変わることで政策が転換して生活に直接影響が出てくるといった意味で、政治と生活が密接に関わっていることが要因だと感じています。

そのため、ナイジェリアでは選挙があると大きく盛り上がります。

一方で、日本では政治が日常生活に与える影響が見えにくく、特に若い人たちを中心に政治に対しての関心が低い印象です。

●そうかもしれませんよね。政治に対する若い世代を中心に政治に対する諦めに近い無関心があるのかもしれませんよね。こうしたご経験が、政治の道を志すきっかけになったのですね。

甲賀市 – Wikipedia

はい。

加えて、私の身内に政治家がおり、政治に興味を持ちやすい環境だったということもあります。

祖父が以前衆議院議員を務めており、また、叔父が現在甲賀市長を務めています。

ただ、祖父は自民党、叔父は日本維新の会出身、私は立憲民主党ということでそれぞれ違う政党に所属していたりします。

●そうなのですね。それは衝撃的でした。農林水産大臣を歴任された祖父(岩永峯一 – Wikipedia)と市長の叔父(岩永裕貴 – Wikipedia)がいらっしゃるということなので、政治が身近にあったのですね。出馬に当たって何かアドバイスはありましたでしょうか。

祖父からは自分の想いを貫きなさいというアドバイスを受けました。

●素敵な言葉ですね。

区議としての活動

●実際に議員になられて、ご自身の想いを大切にされながら、どのような活動をされてらっしゃいますか。

板橋区議会|板橋区公式ホームページ (city.itabashi.tokyo.jp)

区議になってから、これまでに3度本会議において質問をさせて頂きました。

情緒学級や特別支援教育、熱中症、パートナーシップ宣誓制度などについて取り上げました。

特に、情緒学級は私自身がADHDを持ち、学生時代に苦労した経験がありますので、想いを込めて質問させて頂きました。

●まさに、ご自身の想いを大切にされているのですね。区議会議員としてのやりがいはどのようなところに感じますか。

区議として、区民の方々のお困りごとに寄り添った仕事が出来ることにやりがいを感じています。

例えば、道が暗いので街灯をつけて欲しいという陳情、子どもが飛び出してきて危ないという陳情、そうした街の声に一つずつ耳を傾け、区の職員さんと連携しながら対応していくことで皆さんのお困りごとを解決し、板橋区を少しずつでも住み良い街に出来ることにやりがいを感じています。

また、議会運営をされている区の職員の方々は年代が近い方も多いので、懇親会でお話ししたりと交流を深めながら、一緒に仕事をさせて頂いています。

●先日も成増の地域課題についてXで投稿した際に、直ぐに投稿を見て区に掛け合って下さりありがとうございました。感謝しております。

いえいえとんでもないです。

みなさまから頂いた声を区の職員さんにお伝えさせて頂いているのですが、みなさん、とても真摯に対応下さるので感謝しております。ただ、その分、私もきちんと論理的に問題点をまとめて提案しないといけないと感じております。

●きりんさんのように区民の声に耳を傾け、区政につないで下さる方がいると本当にありがたいです。

前回の選挙ではトップ当選ということで、すごいな~と思っているのですが、ご自身の中でも何か要因など分析されておられますでしょうか。

開票結果(板橋区議会議員選挙・板橋区長選挙)|板橋区公式ホームページ (city.itabashi.tokyo.jp)

そのように言っていただくのはとても恐縮ですが、覚えやすい名前というのが一因としてあったかもしれません。

また、今回の選挙では前回2位で当選された南雲由子さんが出馬されなかったということもあり、20~30代の女性の候補者が多くなかったことも大きかったかもしれません。同世代の方や、若い世代に期待していただいている年配の方に票を投じていただいたのではないかと思っています。

【板橋区長選立候補予定者】一人一人の想いを”カタチ”にする新時代のリーダー「南雲由子さん」に小学生がインタビューさせてもらいました!(前編) – なりますチャンネル (narimasu.tokyo)

●区議として活動する中で尊敬する先輩はいらっしゃいますか。

おだなか勝さんを尊敬しています。

当選7期の大先輩ですが、数では叶わない与党に対しても是々非々で議論を尽くす姿勢は見習わなくてはいけないと思っています。

立憲民主党 板橋区議会議員 おなだか勝公式サイト (onamasa.com)

将来の展望

●少し不躾な質問になってしまうかもしれませんが、祖父や叔父様の姿を見てこられてきた中で、政治家としてより大きなフィールドでご活躍されるということも選択肢としてはあろうかと思うのですが、将来の展望について差し支えの無い範囲でお伺いできませんでしょうか。

実は、はじめに政治家を志した時には国政への関心もあったのですが、今は区議の仕事をとても面白く感じており、これからやりたいことが沢山あるので、区議としての職務をまっとうしたいと思っています。

●区議になって大変なことはあったりしますでしょうか。有名税ではないですが、街中でも気付かれることがあったりしますでしょうか。

日常でそれほど有名税のようなものは感じていません。

ただ、先日、成増駅前のコメダ珈琲に行った際に、隣に座っていた方が「あの~動物みたいな名前の区議の方の名前ってなんだっけ、ぞうじゃなくて…」という声が聞こえて来たので、思わず「きりんです」と自己紹介しそうになってしまいました。

●そうなのですね(笑)きりんさんという名前は親しみが持てるとっても素敵な名前ですね。

私は選挙のことは素人なのでよく分かりませんが、「きりん」という名前と動物のキリンのイラストがついたポスターがとっても印象的で、一度見ると忘れませんでした(小学校の前に掲示されているポスターを見て小学生も注目していました)。

あと、お尻をかいたり、鼻をほじらないように気を付けています(笑)

最後に

今回は先の区議会議員選挙でトップ当選された成増に在住の岩永きりんさんにインタビューをさせて頂きました。

とっても気さくな人柄で、答えづらい質問のあったかと思いますが、一つ一つに真摯に回答下さいました。

実は、インタビュー当日は大きなご妊娠中で出産まで1ケ月半のタイミングでした。
※成増産院が閉院されてしまったので、どこで出産するか色々と悩まれていたそうです。

大変な時期にも関わらず、板橋区役所の議会を見学させて頂いたり、また、長時間にわたりインタビューに応じて下さったりと、本当にありがとうございました(もう少し早く終わるべきだったと配慮が足りなかったと半生しております)。

退学、ADHDやアフリカ、政治家への転身ときりんさんの激動の半生を過ごされていますが、まだ30歳ということで、その人生経験には驚くばかりです。

これからお子さんが生まれたり、そうした、ライフステージの変化を通じて見えてくる新しい課題も含めて、きりんさんは板橋区や成増を住み良い街に変えていった下さるのではないでしょうか。

きりんさんの一ファンとして、今後のご活躍を祈念しております。

最後になりましたが、今回はインタビューを通じて貴重なお話を伺わせて頂きありがとうございました。心より感謝いたします。

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